今回は、タイの地方自治のしくみをじっくり解説していきます。
このしくみ、日本の物差しをあてると、急に分からなくなります。
県があり、郡があり、市がある。そこまでは日本と変わりません。ところが「誰が住民の選挙で選ばれ、誰が国に任命されるのか」を追い始めると、日本の感覚と噛み合わなくなります。日本なら、知事も市町村長も住民が選び、それぞれに議会がある。国・都道府県・市町村と段は分かれても、「トップは選挙、議会もある」という形が一貫している。州や郡に分かれるアメリカも、大枠は同じです。
ところがタイでは、話が食い違います。「タイの県知事は選挙ではなく、国からの任命らしい」と聞いたことのある人もいれば、タイ人の知人から「いや、県の議会選挙があるよ」と聞いた人もいる。任命のはずなのに、選挙もある。どちらも本当です。
この食い違いは、タイの地方が日本より一段多くできていることから生まれます。日本の地方が「中央」と「自治」の2つでできているのに対し、タイはそのあいだに「出先」というもう一つの層を挟んだ、3つの構成。この三つめの層まで視野に入れると、任命と選挙が同居する理由が見えてきます。タイ東北部〔イサーン〕の玄関口といわれるナコーンラーチャシーマー県(通称コラート)を例に挙げて、実際の役所と突き合わせながら順に見ていきます。
この記事の要点
- タイの行政は、国家行政組織法(仏暦2534年/1991年)第4条により「中央・出先・自治」の3部でできている。フランスをはじめとする大陸ヨーロッパ型の系譜にあり、日本やアメリカの2部構成とは、層の数がそもそも違う。
- 3つの層は、「集権 → 権限分与 → 分権」という順で、前の層の足りないところを次の層が補うかたちで生まれた。
- 出先と自治を分ける決定的な軸は、任命か選挙かではなく「命令されて動くか、監督されるだけか」である。
- 出先と自治が一つに統合されているのは、タイではバンコク都だけ。パタヤ市も特別自治体だが、こちらは県・郡の出先と併存している。
権力の配り方 ── 3つの原理が3つの層を生む
タイの地方を整理する手がかりは、地図でも役所の名前でもありません。国が権力をどう配るか、という一点にあります。ここから始めると、二重に見えた仕組みが順番どおりに積み上がっていきます。
どんな国も、はじめは権力を中央に集めます。省庁がすべてを握れば、統一が取れて、どの地方も平等に扱える。ただし中央は現場から遠く、事情に疎く、決裁も遅い。これが最初の型、集権です。
遅さを埋めるために、中央は自分の役人を県や郡へ送り、その場で決めさせます。二つめの型、権限分与。こうして生まれるのが「出先」です。送られた役人の身分はあくまで中央のまま。中央の手が地方まで伸びただけ、と考えると性格がはっきりします。
それでも、住民が自分たちで決める「自治」ではありません。そこで中央から切り離した別組織をつくり、住民が選んだ人に任せます。三つめの型、分権。生まれるのが「自治体」です。
集める、遠くて遅い、現地へ送る、それでも中央の手足のまま、ならば切り離す。この順番で、中央・出先・自治という3つの層が積み上がります。タイの国家行政組織法(仏暦2534年/1991年)第4条は、この3部をそのまま並べて定めています。
以下では、旅行や仕事でよく出くわす「出先」と「自治」の2つを取り上げ、最後にナコーンラーチャシーマー県で実物と突き合わせます。
出先 ── 中央が現地へ降りる〔権限分与〕
一つめの層、出先です。中央の事務を地方で執り行うための、上意下達のピラミッドです。
頂点にあるのは内務省の地方行政局〔DOPA〕。そこから県知事、郡長へと下りていきます。県知事も郡長も、選挙ではなく国からの任命で就きます。郡の下にはタムボン(区)が置かれ、その下に村〔ムーバーン〕が並びます。ナコーンラーチャシーマー県なら、32の郡、289のタムボン、3,756の村(村数は県の公式資料による。集計時点により3,743とする資料もあります)。上から下まで、中央の意思が一本の線でつながっています。
日本の感覚だと意外に映るのが、末端の二つです。村長〔プーヤイバーン〕は、その村の住民が投票で選びます。タムボン長〔カムナン〕は、そのタムボンの村長たちが互選で選びます(郡長が議長を務める会議で決める方式。仏暦2551年〔2008年〕の地方統治法改正——1914年制定の同法の第11次改正——以降のかたちで、それ以前は住民の直接選挙でした)。カムナンは村長の職を離れると同時にカムナンの職も失う、村長であることが前提の役職です。
選び方は下からなのに、担う仕事は国から預かった事務で、身分も国の側にあります。「選挙で選ぶけれど、仕事は国のもの」。ねじれて見えますが、身分が国の側にあると考えれば整理できます。
この層がまとめて引き受けるのは、治安の維持、住民登録、各種の許認可など、国の事務全般です。ここから一つ、大きなことが出てきます。登録を国が握るということは、住所や町の名前のおおもとも、国の線が持っているということ。タイの住所は県・郡・タムボン・村と書きますが、これはすべて国の線の区画名で、自治体の名前は住所に出てきません。
身近な例を一つ。日本の戸籍と住民票を合わせたような台帳「住居登録簿〔タビアンバーン〕」の謄本は、住民登録の窓口である登録事務所〔サムナックタビアン〕で取ります。相続の手続きなどで必要になる書類です。
ここで一つ、ややこしい点があります。登録事務所は二本立てで、郡役場に置かれるもの(郡登録事務所)と、自治体に置かれるもの(地方登録事務所)があります。テーサバーンの区域なら市役所の中の登録事務所、バンコクなら区役所、パタヤなら市役所が窓口です。ただし窓口が自治体でも、事務そのものは国のもの。地方登録事務所の長は内務省地方行政局長(中央登録局長)が定める規則に従って処理し、その職はテーサバーンなら事務方トップのプラット・テーサバーン(日本でいう副市長格)、バンコクなら区長が兼ねます。自治体は、国の事務を預かって窓口を担っているにすぎません(かつて日本にあった機関委任事務を思い浮かべると、イメージしやすいかもしれません)。
住所と登録は国の線、暮らしのサービスは自治の線。窓口が同じ建物にあっても、事務の所属は別です。そしてこの層は、中央の命令で動く。次章の自治と読み比べると、性格の違いがはっきりします。
自治 ── 住民が切り離して持つ〔分権〕
二つめの層、自治体です。さきほどが「上から」なら、こちらは「下から」。首長も議員も、住民の選挙で選ばれます。
受け持つ範囲の広い順に、県ぜんたいを区域とする県自治体〔オボチョー〕、市役所にあたる市町自治体〔テーサバーン〕、最小単位のタムボン自治体〔オボトー〕が並びます。県自治体のトップは「ナーヨック・オボチョー」で、住民の直接選挙で選ばれます(議会の議長はこれとは別の役職です)。
ここで一つ、先に触れておきたいことがあります。この3つは上下関係ではありません。オボチョーは県の全域を区域としますが、テーサバーンやオボトーに命令したり、その仕事を監督したりする立場にはない。日本の都道府県と市町村のような関係を当てはめると、かえって形が見えにくくなります。並んでいるのは受け持つ広さの違いであって、指揮系統の段ではないのです。
この層が担うのは、道路や水道といったインフラ、ごみ収集や福祉などの生活サービス、そしてそのための予算です。道が舗装されるのも、ごみが集められるのも、こちらの仕事。住民が選んだ人たちが、住民のために予算を使う。そう捉えると、選挙で選ぶ理由も分かります。
もう一つ、自治体の性格に関わる点があります。自治体が受け持つのは、あくまで暮らしのサービスです。住所や町の名前は持ちません。名前は国の線のもので、自治体はそれを借りて名乗ります。第5章で見るとおり、同じタムボンの名前を複数の自治体が分け合うことも起こります。
もう一点。自治体は、中央から命令を受けて動くのではありません。中央は、法に反していないかを見張る「監督」の立場にとどまります。ここが、出先との決定的な違いです。
命令か、監督か ── 2本の線を分ける軸
出先と自治が出そろいました。この2つは、いったい何が本質的に違うのか。
「任命か、選挙か」は、その入口にあたる違いです。核心は、中央との関係の質のほうにあります。同じ「中央」から、性質のまったく違う2本の線が伸びているのです。
出先は、中央との命令関係の下にあります。県知事も郡長も、中央の指揮命令に従って動く、いわば中央の手足です。トップが任命で決まるのも、ここから来ています。命じる相手を、命じる側が選ぶ。そういう組み立てです。
いっぽう自治体は、中央から切り離された別人格です。中央は日々の運営に口出しできず、監督——法に反していないかを見張る立場——にとどまります。フランス由来の行政法では、この監督を「テュテル〔tutelle〕」と呼びます。命令ではなく、あくまで後見的なチェックです。トップを選挙で選ぶのも、ここにつながります。住民のために予算を使う組織なのだから、選ぶのも住民、というわけです。
まとめれば、「命令されて動くのが出先/監督されるだけなのが自治」。同じ「地方の役所」に見えても、片方は中央の延長線、もう片方は中央の外にある独立体です。並べると、こうなります。
| 比較の軸 | 出先〔ส่วนภูมิภาค〕 | 自治〔ส่วนท้องถิ่น〕 |
|---|---|---|
| 位置づけ | 中央の一部(現地機関) | 中央から独立した別組織 |
| トップの選び方 | 国が任命 | 住民が選挙 |
| 中央との関係 | 指揮命令に従う | 監督(適法性のチェック)を受ける |
| 主な仕事 | 治安・住民登録・許認可 | インフラ・生活サービス・予算 |
| 県レベルの実体 | 県庁〔サラークラン〕 | 県自治体〔オボチョー〕 |
| 住所への表示 | 出る(県・郡・タムボン・村) | 出ない |
2本の線が交わらないのは、そもそも中央とのつなぎ方が違うからです。この軸が、残りの疑問に答えます。
ナコーンラーチャシーマーで確かめる
ここまでの整理をもとに、実際の県で確かめてみます。ナコーンラーチャシーマー県(通称コラート)は、ごく標準的な県の一つ。登録人口はバンコクに次ぐ全国2位で、規模が大きいぶん手がかりも見つけやすい県です。都市部の中心はムアン郡。ここに、これまでの組み立てを裏づける手がかりが二つあります。
① 同じ県の上に、役所が二つ重なる
第4章で見たとおり、出先と自治は、同じ地方に伸びる別々の2本の線でした。この県は、それを実物で見せてくれます。ナコーンラーチャシーマー県には、県のレベルに、性質の違う役所が二つあります。ひとつは国が置いた県庁〔サラークラン〕——知事が座る、国側の出先。もうひとつは県自治体〔オボチョー〕——住民が選んだ首長が率いる、自治体側の役所です。同じひとつの県の上に、任命の県庁と、選挙のオボチョーが二重に乗っている。導入の「任命なのか、選挙なのか」という食い違いの正体は、これです。どちらも本当で、指していた役所が別々だっただけなのです。
紛らわしいことに、この二つは地名の部分まで共有します。国が引く区画は「チャンワット・ナコーンラーチャシーマー」=ナコーンラーチャシーマー県。自治体側は「オンカーンボリハーンスワンチャンワット・ナコーンラーチャシーマー」、略してオボチョー・ナコーンラーチャシーマー。地名は同じで、頭に付く語だけが、どちらの線の役所かを示します。しかも自治体側の正式名にも「チャンワット(県)」が入っているので、字面はいっそう似ます。
名前を共有する相手は、もう一つあります。市の自治体「テーサバーンナコーン・ナコーンラーチャシーマー」です。ただしこちらは、オボチョーと同じ自治の線にある別の自治体です。日本でいえば福岡県と福岡市のように、同じ地名を規模の違う役所が名乗るようなもの、と考えれば馴染みがあります(第3章のとおり、両者に上下関係はありません)。
つまり、タイ固有の分かりにくさは、国の線と自治の線が同じ地名を名乗ることだけではありません。もう一段深いところに、同じ県の上に、性質の違う役所が二つ重なっているという構造があります。
② 線が一致しない
もう一つの手がかりは、境界のズレです。ムアン郡のタムボン(日本の区にあたる区画)「ジョホー〔จอหอ〕」を見てみます。ここで出てくる「ジョホー」「バーンコッ〔บ้านเกาะ〕」はタムボンの名前(国の線)、「オボトー」「テーサバーン」は自治体の名前(自治の線)です。
タムボン・ジョホーの区域は、二つの自治体に分かれて属します。テーサバーンタムボン・ジョホーと、オボトー・ジョホー。ほぼ同じ格の自治体が、同じ名前を名乗って隣り合っているのです。逆にテーサバーンタムボン・ジョホーのほうは、隣のタムボン・バーンコッの一部(バーンカナーイ第3村)まで受け持ちます。一つの自治体が、二つのタムボンにまたがっているわけです。
理由は、二つの線の生まれ方の違いにあります。タムボンの線は、内務省が上から引いた統治の区画です。治安の維持と住民の把握のために、なるべく均等な規模で割っていったもの。いっぽう自治体の線は、逆の方向から引かれました。タイで最初の自治のしくみは、1897年〔仏暦2440年〕にバンコクへ置かれた衛生局〔スカーピバーン〕。地方では1905年〔仏暦2448年〕、川沿いの商業町ター・チャロームが最初でした。人が集まって商売が成り立っている場所を、後から囲って法人にしたのが始まりです。市場や船着き場を中心に人が寄り集まった一帯をぐるりと囲ったもので、タムボンの区切りに合わせるという発想はそもそもありませんでした。
いまも同じです。市街地が隣のタムボンへ広がれば、テーサバーンの区域もそれに合わせて広げられます。テーサバーンタムボン・ジョホーが隣のタムボンの一部まで抱えているのは、その結果です。上から均等に割った線と、実際に人が集まった場所をなぞった線。一致する義理がありません。タムボンの線と自治体の線は、別々に走る。結局は、この一点に尽きます。
例外 ── バンコクとパタヤ
ここまでの3部構成には、はっきりした例外があります。バンコク都〔クルンテープ〕です。
ふつうの県では分かれている「出先」と「自治」が、バンコクでは一体になっています。1972年、それまでの県(国の出先)と市の自治体を統合して、一つの特別自治体「バンコク都」がつくられました。そのためバンコクには、内務省が任命する県知事がいません。バンコク都知事は住民の直接選挙で選ばれ、一人のもとに両方の役割がまとまっています。法律上、タイの「県」が76でバンコクを含めないのは、このためです。
ただし、1972年で話が終わったわけではありません。いまのバンコク都の骨組みを定めているのは、仏暦2528年〔1985年〕のバンコク都行政組織法です。知事の公選も一本調子ではなく、最初の選挙は1975年、その後しばらく官選に戻り、1985年から公選が定着しました。統合の形は1972年に、いまの制度は1985年に。二段構えになっている、と見ておくと混乱がありません。
この一体化は、住所にも顔を出します。第2章で「住所に使う区画名は国の線のもの」と書きましたが、バンコクだけは事情が違う。バンコクの住所に使う区〔ケート〕とクウェーンは、バンコク都という自治体そのものの区画です。出先と自治が一つになっているのだから、住所の区画も自治体のものになる。例外は、ここでも筋を通しています。
ここで一つ、書き添えておきます。特別自治体はバンコクのほかにもう一つ、東部の観光都市パタヤ市があります。ただしパタヤは、バンコクとは事情が違います。パタヤ市はチョンブリー県バーンラムン郡の中にある自治体で、県知事も郡長も従来どおり存在します。パタヤが「特別」なのは、独自の法律で組織され、独自の議会と市長を持つ点であって、出先と自治が統合されているわけではありません。実際パタヤは、国の出先と自治体の権限が重なり合う地域として、タイ国内でもよく議論の的になります。
出先と自治が一つに統合されているのは、タイではバンコクだけ。基本は3部、例外はバンコク1つ。ここまで押さえれば、タイの地方自治はひとまず一枚の見取り図に収まります。
まとめ
タイの地方自治は、一見すると二重で複雑です。ただ、ばらばらの箱を並べただけのものではありません。「国は権力をどう配るか」という一つの問いから、集権・権限分与・分権という3つの原理が生まれ、そこから中央・出先・自治の3つの層が順に立ち上がる。この順番さえつかめば、あとの細部は自然と位置が決まります。
そして、出先と自治を分けるのは、命令か監督かという一本の軸。バンコクだけは、その2本が一体になっている。国ごとに、統治の線の引き方は違います。どこにどんな線が引かれているか。それが読めれば、二重に見えていたタイの地方も、一つの形として収まります。
こまいぬ行政書士法人では、タイをはじめとした国際相続のご相談を承っています。気になる点があれば、気軽にお声がけください。
よくあるご質問
タイの県知事は、住民が選挙で選ぶことはできないのですか。
県知事については、住民が選挙で選ぶしくみになっていません。県知事は国(内務省)が任命する官僚で、中央の指揮命令に従って動く「出先」の長だからです。ただし同じ県には、住民が直接選挙で選ぶ県自治体〔オボチョー〕の首長が別にいます。「選挙で選ばれる県のトップ」がいないわけではなく、県知事とは別の役所のトップだ、というのが実際のところです。なお、県知事の公選化はタイ国内でも長く議論が続いているテーマです。
タイの住所に、自治体の名前が出てこないのはなぜですか。
住民登録が国の事務で、住所に使う区画(県・郡・タムボン・村)も国が引いた線だからです。自治体は暮らしのサービスを担う別組織で、住所の区画を持ちません。そのため、テーサバーンやオボトーといった自治体名は住所に登場しないのが原則です。例外はバンコクで、住所に使う区〔ケート〕とクウェーンは、バンコク都という自治体そのものの区画になります。
パタヤ市は、バンコク都と同じ「特別な市」ですか。
どちらも特別自治体ですが、中身は違います。バンコクは国の出先と自治体が一つに統合されていて、任命される県知事が存在しません。いっぽうパタヤはチョンブリー県バーンラムン郡の中にある自治体で、県知事も郡長もそのまま置かれています。パタヤの「特別」は、独自の法律で組織され独自の議会と市長を持つという意味であって、出先と自治が一体になっているわけではありません。
タイの相続手続きで使う住居登録簿〔タビアンバーン〕は、どこで取れますか。
住民登録の窓口である登録事務所〔サムナックタビアン〕です。ただし登録事務所は二本立てで、郡役場に置かれるものと、自治体に置かれるものがあります。テーサバーンの区域なら市役所の中、バンコクなら区役所、パタヤなら市役所が窓口になります。窓口が自治体でも事務そのものは国のものなので、どちらで取っても書類の性質は変わりません。日本の手続きで使う場合は日本語訳を添えます。なお、揃える書類は相続人がタイ国籍か日本国籍かで変わり、日本国籍の方は住居登録簿ではなく日本大使館の在留証明を使います。認証の要否も提出先によって扱いが異なります。


