制度の狭間で――身寄りのない男性との出会い

木製の机の上に広げられた手書きのノートと万年筆、重ねられた書類ファイル。窓からの自然光が差し込む静かな作業風景。身寄りのない高齢男性との支援記録、第1話。
制度の狭間で――身寄りのない男性との出会い 第1話
📖 Story — 3部構成

本記事は、行政書士・社会福祉士である筆者が支援業務で関わった、ある男性との二年間の記録です。制度のはざまに立たされた彼と、私がどう向き合ったか——その一部始終を、三話に分けてお伝えします。

本記事は実際の支援経験をもとに、個人が特定されないよう名前・年齢・状況等を変更しドキュメンタリーとして再構成したものです。

あの電話のことは、何年経っても忘れられない。

「すみません、少しご相談したいことがありまして」

行政の担当者からだった。声のトーンで、ただの問い合わせではないとすぐにわかった。私が社会福祉法人で相談支援の仕事をしていた、ある年の秋のことだ。

聞けば、こういうことだった。市内に暮らす宮田正一さん(仮名)、当時65歳。高齢のお母さまと二人で古い持ち家に暮らしていた。そのお母さまが、自宅で亡くなった。病死だった。

ただ、問題はそこからだった。宮田さんは、お母さまが亡くなっていることに気づかなかった。一週間ほどそのまま一緒に暮らしていたのだという。異変に気づいた近隣の方が通報して、ようやく事態が発覚した。

電話を受けたとき、私は言葉に詰まった。一週間。その間、宮田さんはどんな気持ちで過ごしていたのだろう。いや、「気持ち」という言葉が当てはまるのかどうかすら、私にはわからなかった。

宮田さんには軽度の知的障害があった。療育手帳は持っていない。お札を数えることはできるが、小銭の計算は難しい。身の回りのことは一通りこなせるが、銀行でお金をおろすといった手続きは一人では難しかった。

お母さまの葬儀や納骨、相続手続きについては、行政と警察が介入してひとまず完了していた。しかし、本当の問題はここからだった。お母さまがいなくなった今、宮田さんの生活を誰が支えるのか。

私が初めて宮田さんの自宅を訪ねたのは、その電話から数日後のことだった。築年数のかなり経った木造住宅。外壁のペンキはところどころ剥がれ、庭には雑草が伸び放題になっていた。チャイムを押すと、しばらくして引き戸がゆっくり開いた。

小柄な男性が立っていた。少し猫背で、人懐こい目をしている。名乗って、行政から話を聞いてきたことを伝えると、「ああ、そう。まあ上がって」とあっさり言った。警戒心がないというより、誰かが来ることに慣れていないだけのように見えた。

部屋に上がると、生活感のある散らかり方だった。テーブルの上にはコンビニの弁当の空き容器がいくつか積まれている。台所は使った形跡があまりない。お母さまが料理をしていたのだろう。

宮田さんの暮らしを支えるために何が必要か。関係者で集まって話し合った。課題は山積していた。金銭管理、銀行での払い戻し、食事のこと、そして長いこと病院に行っていないので健康状態がわからないということ。しかも、宮田さんは病院が嫌いだった。「行かない」の一点張りで、何を言っても首を横に振る。

まず検討したのは法定後見制度だった。判断能力が十分でない方に代わって、家庭裁判所が選んだ後見人が財産管理や契約を行う仕組みだ。しかし申立てには主治医の意見書が必要になる。病院への受診を拒否している以上、その意見書が手に入らない。制度の入口にすら立てなかった。

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次に検討したのが任意後見制度だった。こちらは本人がまだ判断能力のあるうちに、「将来、自分の代わりに誰に何を頼むか」をあらかじめ契約しておく仕組みだ。ただ、宮田さんの場合、そもそも本人の理解力や判断能力がどの程度なのかがはっきりしない。不明瞭なまま契約を結ぶわけにもいかず、これも保留となった。

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法定後見も使えない。任意後見も保留。いわゆる「制度の狭間」だった。こういうケースは、教科書には載っていない。でも現場では、決して珍しくない。

では、何もできないのか。関係者で何度も話し合った末、ひとつの方法にたどり着いた。法人と宮田さんの間で私文契約を結び、金銭管理の支援と見守りを行うことにしたのだ。内容はシンプルだった。月に一回、職員が自宅を訪問し、一緒に銀行へ行く。生活に必要なお金をおろして、当面の暮らしに困らないようにする。あわせて緊急連絡先として法人の電話番号を登録し、何かあったときに連絡が取れる体制を作る。

担当は、私を含む法人の職員が持ち回りで受けることになった。

こうして宮田さんとの付き合いが始まった。月に一度の訪問、銀行への同行。特別なことは何もない、地味な支援だった。でもあのとき、私はなんとなく思っていた。宮田さんの人懐こい笑顔を見ながら——これは長い付き合いになるだろうな、と。少なくとも十年は続くだろうと、そう思っていた。

こまいぬ行政書士法人 辰巳 雅人

代表社員/行政書士・申請取次行政書士・社会福祉士
幼少期をスリランカやインドネシアで過ごし、外国語に親しみながら育つ。神田外国語大学英米語学科卒業後、社会福祉に関心を持ち日本社会事業大学にて社会福祉士資格を取得。埼玉県内の社会福祉協議会で後見業務に従事後、独立。現在は社会福祉士事務所の経営と行政書士法人の代表を兼務し、NPO法人理事として成年後見制度の普及啓発にも取り組む。

代表社員/行政書士・申請取次行政書士・社会福祉士 幼少期をスリランカやインドネシアで過ごし、外国語に親しみながら育つ。神田外国語大学英米語学科卒業後、社会福祉に関心を持ち日本社会事業大学にて社会福祉士資格を取得。埼玉県内の社会福祉協議会で後見業務に従事後、独立。現在は社会福祉士事務所の経営と行政書士法人の代表を兼務し、NPO法人理事として成年後見制度の普及啓発にも取り組む。