タイに不動産や銀行口座などの財産を残したまま日本人が亡くなった場合、タイ国内の手続き(土地局での名義移転や現地裁判所での遺産管理人選任など)では、タイの相続法と向き合うことになります。タイ人と国際結婚されている方や、タイにご親族のいる方が相続に直面したときも同じです。日本の感覚で考えると、配偶者の取り分や遺留分の有無、外国人の土地相続といった場面で思わぬ食い違いが起こります。
本記事では、行政書士の視点でタイ相続法の重要なポイントを、日本との違いに焦点を当てて整理します。タイに財産をお持ちの日本人の方、タイ人配偶者がいる方、タイに住むご親族の相続に関わる可能性のある方に、最初に押さえておいていただきたい知識をまとめました。
この記事の要点
- タイの法定相続人は6つの順位に分かれており、配偶者は別枠で各順位の相続人とともに相続する
- 配偶者の取り分は誰と一緒に相続するかで変わり、子と並ぶ場合は「子1人分」と同額
- タイには遺留分の制度がない一方、夫婦共有財産は死亡と同時に2分の1が配偶者へ自動帰属する
- 外国人は法律上は土地の相続人になれるが、登記まで進める道は事実上閉ざされており、1年以内の売却が実務上の前提となる
タイ相続法が日本人にも関わる場面
「タイの法律なんて自分には関係ない」と思われるかもしれません。しかし、次のような場面では、タイの相続法を踏まえなければ手続きが進まない局面が出てきます。
- タイにコンドミニアムや銀行口座を持っている日本人が亡くなったとき
- タイ人の配偶者が亡くなり、日本人の夫または妻が相続人になったとき
- タイに在住するご家族・ご親族が亡くなったとき
この前提を支えているのが「準拠法(じゅんきょほう)」という考え方です。国境をまたぐ相続が起きたとき、どの国の相続法を当てはめるかを決めるルールで、各国がそれぞれ自国の国際私法で定めています。重要なのは、どの国の裁判所・手続き機関で扱うかによって、参照される国際私法が変わるという点です。日本側の手続きなら日本の通則法を、タイ側の手続きならタイの抵触法を、それぞれ使うことになります。
日本側の手続き――日本法による
日本の「法の適用に関する通則法」第36条は「相続は、被相続人の本国法による」と定めています。日本人が亡くなった場合、日本側の手続き(東京の家庭裁判所での遺産分割調停、日本国内の不動産や預金の相続手続きなど)では、原則として日本法が適用されます。
日本は動産・不動産を区別せず一括して本国法で処理する相続統一主義を採っているため、タイにある財産も含めて日本法で考える、というのが日本側の建前です。
タイ側の手続き――不動産はタイ法、動産は住所地法
一方、タイの国際私法は「仏暦2481年・法の抵触に関する法律」に置かれています。この法律は1938年に制定されたあと一度も改正されていませんが、廃止されたわけでもなく、現在も有効な現行法として裁判所で参照されています(直近では2018年の控訴裁判所判決でも適用されました)。同法によれば、不動産の相続は不動産所在地法、動産の相続は被相続人の死亡時住所地法によるとされ、相続を「不動産」と「動産」に分けて扱う相続分割主義を採っています。
たとえば、日本に住所のある日本人がタイにコンドミニアムと銀行預金を残して亡くなった場合、タイ側の手続き(現地裁判所での遺産管理人選任、土地局での名義移転、銀行での口座解約など)では、タイの抵触法に従って次のように扱われます。
- タイにあるコンドミニアム(不動産)――所在地法であるタイ相続法
- タイにある銀行預金(動産)――被相続人の死亡時住所地法。日本に住所があった場合は日本法
結果として、同じ被相続人の遺産について、日本側では日本法、タイ側では(不動産について)タイ法という二系統の手続きが並行して進むことになります。これが国際相続を複雑にする最大の要因です。本記事でこのあとタイ相続法の中身を解説するのは、まさにこの「タイ側で必要になる部分」のためです。
タイの法定相続人は6つの順位
タイの相続法は「タイ民商法典」の第6編・相続に置かれており、条文番号でいうと第1599条から第1755条までです。日本の民法と同じ大陸法系で、骨格はやや似ていますが、相続人の構成と順序は違います。
第1629条は法定相続人を6つの順位に分けています。
- 直系卑属(子・孫など)
- 父母
- 全血の兄弟姉妹(両親が同じ)
- 半血の兄弟姉妹(父または母のみ同じ)
- 祖父母
- おじ・おば
第1630条で「上の順位の相続人がいれば下の順位は相続できない」と規定されています。ただし、第1順位の直系卑属と第2順位の父母が両方いる場合だけは例外で、父母も子と同じ取り分で相続に加わります。
日本の3グループ・タイの6順位
日本の民法は法定相続人を「子」「直系尊属」「兄弟姉妹」の3グループにまとめ、第3順位までで終わります。タイは細かく6順位に分けるのが特徴です。
とくに違いが目立つのは、タイでは祖父母とおじ・おばも法定相続人に含まれている点です。直系卑属も配偶者も父母も兄弟姉妹もいない場合、日本では特別縁故者の制度(民法958条の2)を経たうえで、最終的に残った財産が国庫に帰属します。タイではそこに至る前に、祖父母やおじ・おばが順次相続権を持ちます。日本の解説で「タイは相続人の範囲が広い」と書かれるのはこの違いによります。
全血と半血の扱い――順位を分けるか、相続分を分けるか
「全血の兄弟姉妹」は両親が同じ兄弟姉妹を、「半血の兄弟姉妹」は父または母のどちらかだけが同じ兄弟姉妹を指します。たとえば、父が再婚していて、前の妻との間の子と今の妻との間の子がいる場合、その2人は半血の兄弟姉妹という関係になります。再婚家庭ではごく普通に発生する関係です。
タイ法は全血を第3順位、半血を第4順位と順位そのものを分けています。全血が一人でもいれば、半血の兄弟姉妹は相続に加われません。
日本にも全血と半血の区別はあります。民法第900条第4号但書で、「父母の一方のみを同じくする兄弟姉妹の相続分は、父母の双方を同じくする兄弟姉妹の相続分の2分の1とする」と定められており、つまり半血の兄弟姉妹の相続分は全血の兄弟姉妹の半分です。違いは「順位を変えるか(タイ)」「相続分だけ変えるか(日本)」という構造です。日本にこの区別がない、と書かれている解説を見かけることがありますが、それは正確ではありません。
配偶者の相続分は他の相続人で変動する
配偶者は第1629条の6順位とは別枠で扱われ、第1635条がその取り分を定めています。誰と一緒に相続するかで取り分が大きく変わるのがタイ法の特徴です。
第1635条のルール
| 一緒に相続する相手 | 配偶者の取り分 |
|---|---|
| 第1順位の直系卑属(子など) | 子1人分と同額 |
| 第2順位の父母 または 第3順位の全血の兄弟姉妹 | 2分の1 |
| 第4順位の半血の兄弟姉妹 / 第5順位の祖父母 / 第6順位のおじ・おば | 3分の2 |
| 他に相続人がいない | 全額 |
第2順位以下と一緒に相続する場合は、配偶者の取り分が2分の1や3分の2と決まっており、感覚的にはなじみやすい配分です。一方、子がいる場合は「子1人分と同じ」という独特なルールになります。
「子1人分」の計算例
たとえば、夫が亡くなり、相続人として妻と子3人がいるケースを考えます。夫名義の遺産が3,000万バーツあったとして配分を見てみましょう。
配偶者(妻)も子3人と並んで「1人分」として扱われるため、頭数は4人と数えます。3,000万バーツ ÷ 4 = 750万バーツずつとなり、妻と子それぞれが750万バーツを受け取ります。
子の数が増えるほど、配偶者の取り分は相対的に小さくなります。子が1人なら配偶者の取り分は2分の1ですが、子が4人いれば5分の1まで下がります。
日本との比較――配偶者の保護のされ方
| 状況 | 日本(民法900条) | タイ(1635条) |
|---|---|---|
| 配偶者+子 | 配偶者2分の1、子全体で2分の1 | 配偶者は子1人分と同額(子の人数で変動) |
| 配偶者+父母 | 配偶者3分の2、父母全体で3分の1 | 配偶者2分の1、父母全体で2分の1 |
| 配偶者+兄弟姉妹 | 配偶者4分の3、兄弟姉妹全体で4分の1 | 配偶者2分の1(全血)/3分の2(半血)、残りが兄弟姉妹 |
子が複数いるケースでは、日本のほうが配偶者の取り分は大きく出ます。父母や兄弟姉妹と一緒に相続するケースでは、日本もタイも配偶者を厚めに保護していますが、その厚さの度合いは日本がやや上回ります。
もっとも、後で見るように、タイには夫婦共有財産(シンソムロット)が死亡と同時に2分の1自動的に配偶者へ帰属するしくみがあります。配偶者の保護は、相続分だけを取り出して比較すると弱く見えますが、夫婦財産制度と組み合わせて見ると別の景色になります。
シンソムロット――まず夫婦共有財産を分ける
タイの夫婦財産制度は、日本人にとっていちばん馴染みにくい部分かもしれません。婚姻中に取得した財産は原則として夫婦の共有財産となり、配偶者の死亡時には相続より先に共有部分の分割が行われます。
シンソムロット(共有財産)とシンスワンタワ(特有財産)
タイ民商法典は、夫婦の財産を2種類に分けています。
- シンソムロット(สินสมรส / 共有財産・第1474条)――婚姻中に取得した財産はすべてここに含まれます。共有名義かどうかは関係なく、どちらの名義で取得しても夫婦共有とみなされるのが原則です。シンスワンタワから生じる果実(賃料・配当・利息)もシンソムロットになります。
- シンスワンタワ(สินส่วนตัว / 特有財産・第1471条)――婚姻前から所有していた財産、婚姻中に相続や贈与で得た財産(贈与者がその配偶者個人への贈与と明示したもの)、身の回り品、婚約に関する財産などが含まれます。
死亡時の二段階の処理
配偶者が亡くなったときは、まずシンソムロットを2分の1ずつに分け、生存配偶者の取り分を切り出します。残った2分の1とシンスワンタワを合わせたものが、相続の対象となる「遺産」です。
- 夫婦共有財産(シンソムロット)を2分の1ずつに分割する
- 分割後の生存配偶者の取り分は、相続を経ずに直接生存配偶者のものになる
- 残りの2分の1と被相続人のシンスワンタワを合わせたものが「遺産」となる
- 遺産を、第1635条のルールに従って配偶者と他の相続人で分ける
具体的な計算例
夫が亡くなり、相続人は妻と子1人だけのケースを考えます。財産は次のとおりとします。
- 夫婦共有財産(シンソムロット):2,000万バーツ(婚姻後にためた預金やコンドミニアムなど)
- 夫の特有財産(シンスワンタワ):500万バーツ(独身時代から持っていた財産)
配分の流れは次のようになります。
- シンソムロット2,000万バーツを2分の1に分け、妻が1,000万バーツを直接取得します。
- 残りの1,000万バーツと夫のシンスワンタワ500万バーツを合わせた1,500万バーツが「遺産」になります。
- 遺産1,500万バーツを、子1人と妻で「子1人分」のルールに従って分けます。妻と子それぞれ750万バーツです。
- 結果、妻が受け取る合計は1,000万 + 750万 = 1,750万バーツ、子は750万バーツとなります。
このように、表面的な相続分だけを比較すると配偶者の保護が薄く見えるタイ法ですが、夫婦共有財産制度の効果を加えると、生存配偶者の手取りはかなり厚くなります。
遺留分が存在しない――遺言の自由と裏返しの注意点
タイ法には、日本でいう遺留分に当たる制度がありません。被相続人は遺言で誰にどれだけ財産を残すかを基本的に自由に決めることができます。
日本の遺留分との比較
日本の民法では、配偶者と子(または直系尊属)には遺留分という最低保障があります。具体的には次のとおりです。
- 相続人が配偶者と子のとき:遺産全体の2分の1が「総体的遺留分」。これを法定相続分に応じて分けるので、配偶者は4分の1、子は全体で4分の1(複数いれば等分)が個別の遺留分となります。
- 相続人が直系尊属のみのとき:遺産全体の3分の1が総体的遺留分です。
- 兄弟姉妹には遺留分はありません。
遺言で「全財産を第三者に渡す」と書かれていても、日本では配偶者や子は遺留分侵害額請求によって最低限の取り分を取り戻せます。
タイは「遺言に従う」のが原則
タイでは、有効な遺言があれば、原則としてその内容に従って遺産が分配されます。配偶者であっても子であっても、遺言で除外された場合は法定相続分を当然に主張することはできません。ただし、夫婦共有財産の2分の1は相続とは別ルートで配偶者のものになるため、ここだけは遺言で動かせない部分が残ります。
もちろん、遺言が無効である、偽造である、強迫によって作成されたといった主張は別途可能です。タイ民商法典1656条以下に遺言の方式が定められており、これを満たさない遺言は無効になります。
実務的な意味――遺言の重みが日本以上に大きい
遺留分がないということは、裏を返せば遺言を一通残しておくかどうかで家族の将来が大きく変わる、ということです。タイに財産を持つ場合、日本の感覚で「遺言は念のため」と捉えていると、思わぬ結果になりかねません。
「日本の遺言とタイの遺言、どちらを作ればよいか」もよく頂くご質問です。タイにある財産については、原則タイ語で、タイ法に従った形式で遺言を作っておくのが手続き上はもっとも安全です。日本で作った遺言をタイの裁判所で執行する場合は、翻訳・領事認証・タイの裁判所での承認手続きが必要となり、相応の時間と費用がかかります。日本とタイそれぞれに財産がある場合は、それぞれの国の財産について別々の遺言を用意する選択肢も検討に値します。
信託は無効――1686条の特殊性
タイ民商法典第1686条は、「遺言その他の生前または死後に効力を生じる法律行為によって設定された信託は、すべて効力を生じない」と定めています。日本人にはあまり馴染みのない論点ですが、欧米の信託(Trust)を使った相続スキームを考えている方には大きな意味を持ちます。
歴史的な経緯
タイは英米法系の信託概念を継受せず、1923年(仏暦2466年)にいったん信託を廃止しました。その後、現在の民商法典でも信託は無効と明文化されています。「私が亡くなったら、この財産を信託会社に預けて、子の教育費として使ってほしい」というアレンジは、原則としてタイ法上は効力を持ちません。
例外――2007年信託法は資本市場分野のみ
2007年に「資本市場取引のための信託法」が制定され、限定的に信託が認められるようになりました。しかし、これは投資信託や資産流動化など資本市場の取引に限った制度で、家族の相続対策に使える一般的な信託ではありません。
欧米で活用される生前信託(Living Trust)や教育信託のような家族信託をタイの財産について設定しても、タイ国内では効力を持たないと考えてください。タイで相続対策を考える場合は、信託に頼らない設計――遺言、生前贈与、契約による段階的譲渡など――を組み立てる必要があります。
外国人の土地相続――「相続できる」と「登記できる」の違い
外国人がタイの土地を相続できるかは、もっとも誤解の多い論点です。「できる」と書いてある資料も「できない」と書いてある資料もあり、初めて調べる方は混乱しやすい部分です。
結論からいえば、「相続人になれる」と「土地の所有者として登記できる」は別の話です。条文の建付けと実務の運用にズレがあるため、両者を分けて理解する必要があります。
土地法のしくみを順に追う
まず土地の所有について、タイ土地法は次のように組み立てられています。
- 第86条――外国人は条約に基づく場合に限り土地を取得できる。ただし、1970年以前にあった既存の関連条約はすべて終了しており、現時点でこの条文に基づいて取得できる外国人は存在しません。
- 第93条――外国人が法定相続人として土地を取得する場合、内務大臣の許可を得れば、第87条に定める面積の範囲内で所有できる。居住用は1ライ(1,600平方メートル)が上限です。
- 第94条――許可なく取得した土地、または許可されない土地は、土地局長が定める期間(180日以上1年以内)に処分しなければなりません。期限内に処分しなければ、土地局長が強制売却します。
- 第96条の2――4,000万バーツ以上をタイの指定資産に投資した外国人は、特定地域で居住目的の土地1ライまで取得できる。これも内務大臣の許可が必要で、実務上ほとんど認められていない別ルートです。
93条が「ほぼ機能していない」理由
条文だけを読むと、第93条によって外国人配偶者がタイ人配偶者から土地を相続できるように見えます。しかし、第93条は第86条の条約に基づいて土地を取得した外国人を念頭に書かれた条文だというのが、現在のタイの法律実務家の主流的な理解です。第86条の条約自体が1970年に終了して以降、第93条が想定していた前提条件が消えてしまっているため、内務大臣の許可が下りる法律上の根拠も実質的に失われた、という構造です。
結果として、タイ人配偶者から土地を相続した日本人や、タイ人の親から土地を相続したハーフの方が、第93条による所有登記の許可申請をしても、実務上はほぼ許可されないのが現状です。許可されなかった場合の取り扱いは、第94条に従って1年以内に売却することになります。
救いの部分――「相続人」としての権利は守られる
誤解されやすいのですが、登記ができないからといって相続そのものが否定されるわけではありません。外国人相続人は法定相続人としての地位は認められ、土地を売却した代金を受け取ることはできます。「土地そのものは持ち続けられないが、相続人としての経済的価値は失われない」というのが正確な理解です。
そのため、生前に対策する場合、タイの遺言に「私の土地は売却し、その代金を相続人に分配する」と明示的に指示しておくことで、相続発生後の手続きをスムーズにすることができます。
コンドミニアムは別ルール――49%枠の中なら登記可
土地ではなくコンドミニアム(集合住宅の専有部分)であれば、別の取り扱いになります。タイのコンドミニアム法は、専有部分の総床面積の49%までを外国人保有枠として認めています。
外国人がコンドミニアムを相続した場合、その物件の外国人保有枠に空きがあれば、相続人として所有登記ができます。空きがなければ、こちらも1年以内の売却が原則です。タイのコンドミニアムを購入する際、最初にこの49%枠の状況を確認しておくことが、相続のときに大きな差を生みます。
実務的な対策の方向性
外国人配偶者・外国人相続人にタイの不動産を残したい場合、考えうる方向性はいくつかあります。それぞれメリット・デメリットがあり、財産の規模や家族の構成によって選択肢は変わります。
- 遺言での売却指示――土地は売却して代金を相続人に分配するよう遺言で明示しておく方法。手続きはシンプルですが、土地そのものを残すことはできません。
- 長期リース(借地権)――タイ法では最大30年の登録賃借権が認められています。相続人にリース上の地位を引き継ぐ条項を入れておけば、土地そのものを所有しなくても利用権を続けることができます。
- 用益権(ユースフラクト)・地上権(スーパフィシーズ)――タイ民商法典に定めのある制度で、土地そのものは別人が所有しつつ、利用や建物所有の権利を別人に与えられます。
- コンドミニアムへの組み替え――土地付き戸建てを相続人に継ぐより、コンドミニアム(外国人枠内)に組み替えておくと、相続時の登記がしやすくなります。
どの方法も一長一短で、家族の構成・財産の中身・将来の展望によって最適解が変わります。
押さえておきたいタイ独自の制度
最後に、日本にはないタイ独自の論点を3つ、簡単に紹介します。日常的に出てくる場面は限られますが、知らないと判断を誤る部分です。
僧侶の財産は寺院に帰属する――1623条
タイ民商法典第1623条は、僧侶として在籍している期間中に取得した財産は、僧侶が亡くなった場合、遺言で別段の処分をしていないかぎり、所属する寺院に帰属すると定めています。出家前から所有していた財産は、第1624条により法定相続人に引き継がれます。
仏教国であるタイらしい制度で、家族のなかに僧侶として出家されている方がいる場合は意識しておく必要があります。
タイ南部4県のイスラム法適用
あまり知られていませんが、タイには地域限定でイスラム法が適用される地域があります。仏暦2489年(1946年)に制定された「パッタニー県、ナラティワート県、ヤラー県、サトゥーン県区域におけるイスラム法の適用に関する法律」により、これら4県に住むイスラム教徒の相続には、タイ民商法典ではなくイスラム法が適用されます。
該当地域に居住するムスリムの相続では、配偶者の取り分や子の男女別の取り分など、本記事で説明したルールとは異なる扱いになります。タイの法定相続全体のなかでは限定的な適用範囲ですが、該当地域に親族のいる方は注意が必要です。
複婚規定の名残――1636条
タイ民商法典第1636条は、「民商法典第5編施行前に法的地位を取得した複数の妻が生存している場合」の取り扱いを定めています。これは1935年(仏暦2478年)に第5編が施行される前のタイで、一夫多妻制が認められていた時代の名残です。
この条文を実際に適用するためには、1935年より前に婚姻していた夫婦であることが必要で、現実的には被相続人が亡くなる時点で105歳を超えるような場合に限られます。現在では事実上、適用される事例はほぼありません。
まとめ
タイの相続法は、骨格こそ大陸法系で日本と似ているものの、配偶者の取り分の決め方、夫婦共有財産の自動分割、遺留分の不存在、信託の無効、そして外国人の土地相続といった重要な場面で、日本とは違う設計思想に立っています。日本の感覚で考えると見落としやすい制度がいくつもあり、いざ相続が発生してから戸惑う方が少なくありません。
とくに、タイに不動産をお持ちの方や、タイ人配偶者がいる方にとって大切なのは、「自分の家族構成のままでタイの相続が発生したとき、どこまで財産が、誰の手に、どのような形で渡るのか」を一度整理しておくことです。一通の遺言、もしくは数年単位での所有形態の組み替えで防げる問題も、何もしないままでは取り戻せなくなる場合があります。
気になる点や、ご自身の状況に当てはめてみたい方は、こまいぬ行政書士法人までお気軽にどうぞ。
よくあるご質問
日本人がタイのコンドミニアムを相続することはできますか?
はい、相続自体は可能です。ただし、所有者として登記できるかどうかは、そのコンドミニアム全体の外国人保有枠(専有部分の総床面積の49%以内)に空きがあるかどうかによります。空きがあれば外国人相続人として登記でき、空きがなければ1年以内に売却して代金を受け取る形になります。購入時点で外国人保有枠の状況を確認しておくと、将来の相続時の選択肢が広がります。
タイ人の妻が亡くなった場合、日本人の夫はタイの土地を相続できますか?
法定相続人としての地位は認められます。ただし、第93条による内務大臣の許可は実務上ほぼ下りないため、土地そのものを所有者として登記し続けることは現実的には困難です。第94条に基づき、1年以内に売却して代金を受け取る形になるのが一般的な取り扱いです。なお、タイ国籍のお子さんがいる場合は、お子さんが土地を相続する形にしておけば、家族として土地を保有し続けることが可能になります。
日本で作った遺言は、タイの相続でも有効ですか?
遺言の方式は、それを判断する国の国際私法によって扱いが変わります。日本側の手続きでは、日本が加盟する1961年遺言方式ハーグ条約に基づく国内法(遺言の方式の準拠法に関する法律)により、行為地法・遺言者の本国法・住所地法などのいずれかの方式に合致していれば有効と扱われるため、日本方式で作った遺言は方式面では通る可能性が高いです。一方、タイは同条約に未加盟ですので、タイ側でその遺言を執行する場面では、タイ語への翻訳、領事認証または認証手続き、タイの裁判所での承認手続きが必要となり、相応の時間と費用がかかります。タイにある財産については、はじめからタイ語でタイ法に従った遺言を別途用意するのが、実務上はもっとも安全です。条約まわりの詳しい整理は国際相続の基礎の記事をご参照ください。
タイ人配偶者の連れ子は相続人になりますか?
タイ法で法定相続人として認められるのは、被相続人の嫡出子・認知された子・養子です。配偶者の連れ子は、被相続人と養子縁組をしていないかぎり、法定相続人にはなりません。連れ子に財産を残したい場合は、養子縁組をするか、遺言で受遺者として指定しておく必要があります。
タイの相続にも相続税はかかりますか?
2016年に「相続税法 仏暦2558年」が施行され、現在は相続税が課されています。ただし、課税対象になるのは遺産の合計が1億バーツを超える部分のみで、税率は直系卑属・直系尊属が5%、それ以外の相続人が10%です。配偶者は非課税です。日本の相続税と比べると非課税枠がかなり大きいため、一般的な家庭ではタイの相続税が問題になる場面は限られます。詳しい申告手続きは、別記事「タイの相続実務手続き(準備中)」で扱う予定です。


