📝尊厳死宣言公正証書とは

尊厳死宣言公正証書とは、「自分の疾病が医学的に回復の見込みがない状態になり、死期が迫っていると医師により診断された場合に、延命だけを目的とした治療は行わず、苦痛を和らげる処置を優先してほしい」という意思を、公証人の面前で表明し、公正証書として作成するものです。混同されがちですが、尊厳死と安楽死は異なります。近年様々な議論がありますが、安楽死は我が国では違法です。

わかりやすく言うと…

「もし私が治る見込みがなく、死期が近いと医師に診断されたら、ただ生かし続けるだけの治療はせず、痛みを和らげる治療を中心にしてほしい」という自分の希望を、法務大臣から任命された公証人という公的な人の前で伝え、それを証明する公的な書類にしておくことです。あくまで自然の死を望むという意思の表明です。

公正証書は法務大臣から任命された公証人が作成する公文書であり、その証明力は高いものとされています。ただし、日本では尊厳死を直接認める法律がないため、尊厳死宣言公正証書に絶対的な法的拘束力があるわけではありません。

尊厳死宣言公正証書は「事実実験公正証書」という種類に分類され、本人の意思表示を公証人が確認して作成するという特徴があります。医療現場では本人の意思を示す重要な資料として扱われます。

📝尊厳死宣言公正証書を作成するメリット

尊厳死宣言公正証書を作成する主なメリットには以下のようなものがあります。

1. 本人の意思の明確化

最大のメリットは、自分の意思を明確に示せることです。公証人という公的な立場の者が確認した意思表示となるため、単なるメモや私的な文書よりも信頼性が高く、医療現場でも「本人の真意」として尊重される可能性が高まります。

2. 家族の精神的・経済的負担の軽減

本人の意思が明確に示されていることで、家族が「延命治療を続けるべきか」という苦しい決断を迫られる負担が軽減されます。また延命治療には高額な医療費がかかることもあり、経済的負担の軽減にもつながる可能性があります。

こんな場面で役立ちます

例えば、あるご家族の方は「父が倒れて意識不明になった時、延命治療を続けるかどうか家族の意見が分かれて苦しみました。父が前もって尊厳死宣言公正証書を作っていれば、こんなに悩まずに済んだのに」と話されていました。事前に本人の意思が明確になっていることで、家族の心理的な負担が大きく軽減されるのです。

3. 医療従事者の判断基準となる

医師や看護師などの医療従事者にとって、患者本人の意思を確認できる貴重な材料となります。日本医師会の調査によれば、本人の意思表示があれば、医療従事者の多くはそれを尊重する傾向にあるとされています。

4. 独身者や身寄りがない人の意思表示手段として

特に家族がいない独身者にとって、自分の意思を医療現場に伝える重要な手段となります。家族が代弁者となり得ない場合、公的な文書で自分の意思を残しておくことは大きな意味を持ちます。

📝尊厳死宣言公正証書の限界と課題

尊厳死宣言公正証書には以下のような限界や課題があることも理解しておく必要があります。

1. 法的拘束力の限界

日本には尊厳死を直接規定する法律がないため、医療現場で必ずその通りに対応されるという保証はありません。最終的な判断は医療従事者に委ねられる部分が大きいのが現状です。

法的拘束力とは

「法的拘束力」とは、その文書に書かれたことが法律上必ず守られなければならないという強制力のことです。日本では尊厳死に関する法律がまだ整備されていないため、尊厳死宣言公正証書があっても、医師がそれに従う法的義務があるわけではありません。しかし、医療現場では患者の意思を尊重する流れが強まっており、実際には多くの医師がこうした意思表示を重要視しています。

2. 時間経過による課題

公正証書の作成から時間が経過すると、「現在も同じ意思を持っているのか」という疑問が生じる可能性があります。また医療技術の進歩により、作成時には想定していなかった治療選択肢が登場することもあります。

3. 認知症等で意思能力を失った後の更新不可

認知症などで意思能力を失うと、公正証書の更新ができなくなります。この点は大きな限界であり、意思能力がある早い段階での作成が重要です。

4. 医療現場での普及・理解の差

医療機関や医師によって、尊厳死宣言公正証書への理解度や対応方針に差があります。すべての医療機関で同様に扱われるわけではないことを理解しておく必要があります。

📝作成手続きと費用

作成の流れ

尊厳死宣言公正証書を作成するための一般的な流れは以下の通りです。

  1. 内容の検討・原案作成(必要に応じて行政書士等の専門家に相談)
  2. 公証役場への事前連絡と予約
  3. 公証役場での面談と公正証書の作成
  4. 原本は公証役場で保管、謄本を受け取る

こまいぬ行政書士法人からのアドバイス

公証役場に行く前に、どんな内容を盛り込むか十分に考えておくことが大切です。「どんな状態になったら延命治療を望まないのか」「どのような処置を希望するか/しないか」などを具体的に整理しておくと、スムーズに手続きが進みます。また、内容について悩まれる場合は、当法人でも原案作成のお手伝いをしています。

必要なもの

  • 本人確認書類(印鑑登録証明書、運転免許証、マイナンバーカードなど)
  • 印鑑(実印が望ましい)
  • 公証人手数料(11,000円程度+謄本作成費用)

記載内容の例

尊厳死宣言公正証書には、主に以下のような内容が記載されます。

  • 延命治療を希望しない旨の意思表示
  • 苦痛緩和のための処置は希望する旨
  • 家族の同意や医療従事者への免責
  • 宣言の有効性(健全な精神状態で作成した旨)

📝独身者・身寄りのない方が特に考慮すべきポイント

独身の方や身寄りのない方は、特に以下の点を考慮する必要があります。

1. 代弁者の指定

家族がいない場合、信頼できる友人や知人を「医療に関する代弁者」として指定しておくことを検討しましょう。尊厳死宣言公正証書の中に、その人の連絡先を記載しておくこともできます。

独身者の対策例

Aさん(65歳・独身)の場合:
・信頼できる友人2名を代弁者として指定
・公正証書に代弁者の連絡先を明記
・代弁者にも謄本を渡して保管を依頼
・かかりつけ医院の電子カルテに記録を依頼
・財布の中に「尊厳死宣言公正証書あり」と記したカードを携帯
このように複数の手段で意思表示を確実に伝える工夫をしています。

2. 医療機関との事前共有

かかりつけ医や通院中の医療機関に、尊厳死宣言公正証書の写しを事前に提供しておくことも検討しましょう。特に独身者の場合、緊急時に誰が公正証書の存在を医療機関に伝えるかが課題となるためです。

3. 複数の手段での意思表示

公正証書だけでなく、日本尊厳死協会のリビングウィル(生前発効の遺言)やエンディングノートなど、複数の手段で意思表示をしておくことも有効です。

4. 任意後見制度との併用

将来の認知症等に備えて、任意後見制度を活用するのも一つの方法です。任意後見人に医療に関する意向を伝え、有事の際に代弁してもらうことができます。

📝認知症等で意思能力がなくなった場合の対応

認知症などで意思能力を失うと、公正証書の更新はできなくなります。そのための対策として以下のようなアプローチがあります。

1. 事前の詳細な意思表示

認知症の進行度合いや将来起こりうる様々な状況を想定し、できるだけ詳細な意思表示を公正証書に記載しておくことが重要です。「もし〇〇の状態になったら、××の処置は希望しない」といった条件付きの指示を具体的に記述しておくと役立ちます。

具体的な記載例

「私が重度の認知症と診断され、自分の家族を認識できなくなり、食事を自力で摂ることができず、日常生活に全面的な介助が必要な状態となった場合、肺炎などの感染症にかかっても、抗生物質の投与は最小限にとどめ、点滴や人工呼吸器などの延命措置は行わないでください。ただし、苦痛を和らげるための処置は積極的に行ってください。」

このように具体的な状態像と希望する/しない医療処置を明記しておくことで、意思能力を失った後も本人の意向が尊重されやすくなります。

2. アドバンス・ケア・プランニング(ACP)の実施

公正証書作成だけでなく、医療・ケアチームや家族と共に、継続的に話し合いを行うアドバンス・ケア・プランニング(ACP)を実施することも重要です。厚生労働省も2018年のガイドライン改訂でACPの重要性を強調しています。

3. 推定的意思の基盤作り

意思能力喪失後は「もし本人に判断能力があれば、どのような選択をするか」という推定的意思が尊重されます。公正証書はその推定の重要な基礎資料となります。自分の価値観や人生観も含めて記録しておくと、推定的意思の判断材料として役立ちます。

📝他の意思表示方法との比較

尊厳死宣言公正証書の他にも、終末期医療に関する意思表示方法はあります。それぞれの特徴を理解し、自分に合った方法を選ぶことが大切です。

方法 特徴 費用・手間
尊厳死宣言公正証書 公証人が作成する公文書で証明力が高い 1万円程度+謄本代、公証役場への訪問が必要
日本尊厳死協会のリビングウィル 協会が提供する書式、医療現場での認知度が高い 会費程度、郵送で手続き可能
エンディングノート 市販の書式に記入、随時更新しやすい ノート代のみ、自宅で作成可能
アドバンス・ケア・プランニング 継続的な対話プロセス、柔軟な意思共有が可能 無料、定期的な対話が必要

組み合わせの考え方

これらの方法は「どれか一つ」ではなく、組み合わせて使うのが効果的です。例えば、公正証書で基本的な意思を証明力高く示しつつ、エンディングノートで詳細な希望や価値観を記録し、定期的なACPで医療者や家族と対話する、といった方法です。これにより、法的な証明力と柔軟な意思共有の両方のメリットを活かすことができます。

これらの方法は互いに排他的ではなく、複数の方法を組み合わせることで、より確実に自分の意思を伝えることができます。特に公正証書の証明力とACPの柔軟性を組み合わせると効果的です。